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浦和地方裁判所 昭和54年(ワ)1063号 判決

原告 有限会社 豊曜商事

右代表者代表取締役 清宮義正

右訴訟代理人弁護士 小宮清

同 小宮圭香

被告 太陽産業株式会社

右代表者代表取締役 金子代一

右訴訟代理人弁護士 関根稔

主文

1  被告は原告に対し、金七九万八、六〇〇円及びこれに対する昭和五四年一〇月四日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求はこれを棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その一を被告の負担とする。

4  この判決は、主文第一項につき、原告が担保として金二〇万円を供託するときは、仮に執行することができる。

事実

一  当事者双方の求める裁判

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金三九九万三、〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一〇月四日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

二  原告の請求原因

1  不動産取引業を営む原告は昭和五四年七月ころ不動産取引業を営む被告から、同じく不動産取引業を営む株式会社大総(以下「大総」という。)より埼玉県蕨市北町五丁目二、五〇四番田八〇〇平方メートル(以下「本件土地」という。)を買受けることの仲介委任を受け(以下「本件仲介」という。)、その報酬額を代金額の三%とする旨約定した。

2  原告は売主大総と買主被告間を仲介した結果、被告が昭和五四年八月一九日大総から本件土地を代金一億三、三一〇万円で買受ける旨の売買契約が成立した(以下「本件売買」という。)。

3  よって、原告は被告に対し、仲介報酬として、右約定により、そうではないとしても、仲介報酬に関する一般事例に従い、本件売買代金額の三%相当の、金三九九万三、〇〇〇円、及び、これに対する履行遅滞後の昭和五四年一〇月四日から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁、抗弁

1  原告請求原因1の事実のうち、報酬約定の事実は争い、その余の事実は認める。所有権移転登記ができない場合報酬は発生しない旨約定したものである。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は争う。本件の報酬請求権の成否及び報酬額については、後記4、5の事情を考慮すべきである。

4  被告は、原告の欺罔行為により本件山林が大総の所有であると誤信し、詐欺または錯誤により、本件売買契約をしたが、この内在的瑕疵すなわち本件山林が大総の所有でなかったことを理由に本件売買が解除されるにいたったものであるから、原告は仲介人としてその報酬を請求しえない(明石三郎・不動産仲介契約の研究・四六頁)。

5  本件売買は、結果的には、他人の物の売買であるが、この場合売主が真実の所有者からその所有権を取得し本件売買の売主としての義務を完全に履行したことを停止条件に仲介報酬請求権が成立しているところ、売主大総がこれを買受けられず、したがって、その履行ができず、本件売買が昭和五四年九月二九日解除され、右停止条件が不成就に確定したから、本件報酬請求権は発生しない。その事情は次のとおりである。

(一)  本件山林は、不動産取引業者である大総が、その社員である井上努(以下「井上」という。)がその親戚の広井新五郎の相続人(以下「広井」または「広井の相続人」という。)より売却依頼を受けた物件であり、確実に取得できるものであるとして、田崎生二(以下「田崎」という。)から被告に紹介され、買受方の勧誘があり、田崎は原告から復委託を受けているということであった。

(二)(1)  不動産取引業を営む被告としては、転売目的でこれを取得するものであるから真実その所有権を取得できるものと期待したから本件売買契約をしたのであり、その完全な履行がなければ目的を達しえないものである。

(2) 被告は昭和五四年八月一日原告に対し本件仲介報酬として売買金額の三%を支払う旨約定したが、その際も、その支払時期は「残金支払時、所有権移転同時、手数料支払ます」と記載し、完全な履行を条件に支払う旨特約した。

(三)  被告は同年八月一九日大総との間に本件売買契約書を作成し、同年七月二一日原告に交付していた交渉預り金五〇〇万円を手附金として大総に支払った上、農地法五条の申請書類と引換えに金三、〇〇〇万円、所有権移転登記と同時に残額を支払う旨約定した。

(四)  しかし、同年九月二八日になって、大総社員井上が被告に対し、本件山林の所有者広井がこれを売却する意思が全くないので本件売買を解除して欲しい旨述べるにいたったので、被告は、大総の債務不履行を理由に、同年同月二九日解除し、同年一〇月四日手附金五〇〇万円の返還と、約定による損害金五〇〇万円の支払を受けた。

三  被告の抗弁に対する原告の再答弁

1  被告主張二4の事実を争う。

2  同二5の事実を争う。但し、次に認める部分を除く。仲介により契約が成立すれば、その後に債務不履行、解除があっても報酬請求権に何らの影響を及ぼさないのが原則であり、このことは他人の物の売買であっても、本件のように、売主、買主、仲介人の三者とも不動産取引業者である場合には、同様に解すべきである。不動産取引業者である被告としては、本件売買に基づき他への転売を準備することができ、現に、被告もこれを転売しようとしていたからである。その事情は次のとおりである。

(一)  被告主張二5(一)の事実は認める。

(二)(1)  同(二)(1)の事実は争う。被告は、本件土地が他に売却されるのを虞れ、本件売買契約の締結を急いでいた。

(2) 同(二)(2)の事実のうち、報酬支払特約の事実を争い、その余の事実は認める。報酬支払約定書の作成は被告に任せたが、支払につき登記ができなければ支払わない旨の申込を受けたこともなければその約定をしたこともない。

(三)  同(三)の事実は認める。

(四)  同(四)の事実は争う。被告は昭和五四年一〇月三日大総との間で合意の上本件売買を解除したものであり、解除については何ら原告に責任がない。

四  証拠関係《省略》

理由

一  原告の請求原因1のうち報酬約定の点を除いた事実(本件仲介及び報酬契約)、同2の事実(本件売買の成立)は当事者間に争いがない。

二  被告は本件土地が大総の所有であると誤信して本件売買をしたところ原告の仲介に内在する瑕疵すなわち大総の所有でなかったことにより解除となったから報酬を請求しえないという。右主張の趣旨が、売買成立により一旦成立した報酬請求権が解除により消滅したとの趣旨か、当初から報酬請求権が成立しないとする趣旨か明らかではないが、一般に売買仲介の報酬請求権は売買成立により発生すると解されるから、後者ではなく前者の消滅の主張の趣旨と解して判断する。

本件売買にあたり被告が本件土地の所有者を大総と誤信したとする被告主張部分についてはこれを認めることのできる的確な証拠がないばかりでなく、かえって、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  大総の社員井上は昭和五四年七月二〇日ころ原告に対し、本件山林は井上の親戚の広井新五郎相続人妻よし及びその子らの所有であるが、右相続人らがこれを売却しその代金を分割したい意思であり、大総がその委任を受け仲介することになったが、買主を探して欲しい旨の申出を受け、原告がこれを承諾した。原告はそのころ不動産取引業を営む田崎に対し右買主を仲介することについての再委託をした。

(2)  田崎はそのころ被告に対し、買受の勧誘をしたところ、被告は同年同月二四日田崎に対し買受けたい旨述べ、また、他にも買受希望の者がいることを知り、その買受ける権利を確保し確実にするため、未だ大総と所有者間に売買が成立していないことを知りながら、金五〇〇万円を交付し、田崎が即日原告にこれを交付した。そこで、原告が即日大総にその旨述べたところ、大総は仲介の形式ではなく、大総が所有者から本件土地を買受けた上売渡すことにするが、その交渉に日数が必要であるため同年八月五日まで待って欲しいとし、原告が大総に対し右五〇〇万円をいわゆる交渉預り金の名義で交付した。その際、原告の仲介で大総が同年同月同日被告に宛て、大総が本件土地所有者から買受交渉をする預り金として金五〇〇万円を預り、同年八月五日まで交渉し、もし売買が成立しなかった場合返還する旨の念書を作成し被告に交付した。

(3)  大総が社員井上をしてその交渉に当らせたが、後述のように井上はその努力を怠っていたため、交渉期限の同年八月五日大総が被告に対し、更に、右交渉期限を同年八月一五日まで延長することを求め、被告もこれを承諾した。

(4)  社員井上から所有者広井の相続人より買受けることができた旨の報告を受けた大総代表者斉藤茂(以下「斉藤」という。)は昭和五四年八月一九日被告との間に本件売買契約をし、その買主被告につき原告が終始その仲介をした。本件売買において、前記交渉預り金を手附金(代金内入充当)として支払い、代金は農地法五条の申請書類と引換えに内金三、〇〇〇万円、所有権移転登記と同時に残額全部を支払うこと、買主の責に帰すべきときは手附金を放棄して、売主の責に帰すべきときは手附金の倍額を支払って、本件売買を解除することができること、右手附金は違約損害金の約定を兼ねることなどの約定をした。

(5)  被告がその後所有者広井の相続人に逢い売買の有無等を調査したところ広井の相続人は大総に対し本件土地を売渡したことが全くない事実が判明し、したがってまた、被告の支払った金五〇〇万円も支払われていないことを知り、大総代表者斉藤にその旨述べた。右斉藤が社員井上に対し、右事情を聴取したところ、井上が広井の相続人からの売却委任状を偽造し、広井の相続人広井よしと称して井上の妻を出席させた上大総との本件土地売買契約書を作成し、買取った形式を装っていたものであって、広井の相続人が売渡す意思がないことが判り、結局、大総は広井の相続人から本件土地を買受けることを断念せざるをえない状態となった。

以上のとおり認められる。右事実によると、本件売買及び仲介は不動産取引を業とする者の間で行われたもので、被告としては、本件売買当時大総が広井の相続人から本件土地を買受けた上被告に売渡すことを熟知し、いわゆる他人の物であることを承認した上でその取得を条件に売買したものということができる。もっとも、大総としては、形式上にせよ所有者との売買成立(その瑕疵の有無は本件仲介には直接の関係がない。)後に被告との売買がされたけれども、被告からの売買の代金をもって、その所有者への代金支払にあて、その後に所有権移転登記を受けた上、被告にその登記をすることが予定されていたことが右認認定事実から推認される。不動産の売買では、単なる売買の意思表示のみによってはその所有権が移転せず、代金が全額(例外的に殆んどの額)支払われたときに移転するとみるのが取引の実際に適合する解釈であるから、大総は所有者広井相続人らから本件土地所有権を取得する以前に、本件売買をしたものであって、いわゆる他人の物の売買であるというのを妨げるものではない。したがって、本件土地が大総の所有ではないことは、当初から予定されていたことであって、何ら本件売買に内在する瑕疵ということはできないから、この点の被告主張は失当である。

三  被告は、本件仲介報酬請求権が停止条件として、大総が所有者から本件土地を買受けた上履行することにかかっているところ、これを買受けられず条件不成就に確定したから、報酬請求権は発生しないという。

しかし、右被告主張の事実を認めることのできる的確な証拠はない。かえって、前記二認定の事実によると、被告は不動産取引業者として本件土地を優先的に買受ける権利を確保するために、他人の物である本件土地を大総が買受けた上被告に売渡すべきことを約定したのが本件売買であり、このような他人の物の売買であっても、不動産取引業を営む者にとっては、優先的に買受ける権利を確保し、これに基づく転売計画をするなどそれ自体としても十分な取引価値を有するものということができ、本件売買が所有権移転を停止条件とするものとみるのは相当ではない。したがって、この点についての被告主張は失当である。

四  仲介報酬請求権及び報酬額について

1(一)  まず、不動産売買の仲介の報酬は、売買の成立によって約定等による報酬額につき発生し、その後に当事者の不履行により売買が解除されても、その報酬額に影響を及ぼさないと解される。その理由は、売買成立により所有権移転までの完全な履行の約定がされており、その後に当事者の不履行で解除されても何ら仲介人の責に帰すべき事由が存在しないことにある。

(二)  しかし、不動産取引業者である売主、買主間の売買につき、同業の仲介人が仲介の結果、買主が売主からの当該不動産買受の権利を優先的に確保するため、売主が所有者から買受けその所有権を取得した上買主に移転する旨の売買契約をした場合、その売買契約上の買主の権利は、売主に対し所有者から買受けるべきことの請求権及び買受後直ちに所有権を移転すべきことの請求権であり、前記(一)のような所有権移転までの完全な履行請求権は売買成立の時点では未だ存在していない。その売主が所有者から買受けること自体相当の労力を要するが、そのことについては仲介人としてはいかんともし難く、もっぱら売主の請負的努力の成果に依存しており、仲介報酬の生ずべき権利内容として考える場合売主の所有者からの買受けはその対象外とみなければならない。したがって、この場合の仲介報酬額算定の基礎となる履行利益は売買代金額ではなく、売主に対する買受請求権買受後の所有権移転請求権の財産的評価額であるというべきである。

このような売買は、通常の売買とその性質を異にし、売買予約に類似するものであって、履行による財産的価値は通常の売買より低い。これらの各事情を総合考慮すると、本件のような他人の物の売買における仲介報酬算定の基礎となるべき履行利益の財産的評価額は、売買代金額の五分の一であるとみるのが相当である。

(三)  右(二)の履行利益の限度においては、売買の成立と同時にこれに対する約定ないし一般慣行による報酬率を乗じた額の報酬請求権が成立し、その後に売主が所有者から買受けられなかったことを理由に売買が解除されたとしても、右解除原因には仲介人の帰責事由がないから、右報酬請求権及び報酬額に何らの影響がないことは、前記(一)の場合と同様である。

2  前記の観点から本件の報酬額について検討する。

(一)  いずれも不動産取引業を営む買主被告が売主大総から、原告の仲介により、本件土地の優先的買受権を確保する目的で、大総が所有者広井相続人から買受けその所有権を取得する以前に、いわゆる他人の物の売買として本件売買をしたものであることは前記認定の事実より明らかであり、前記説示の点から、その履行利益は売買代金額一億三、三一〇万円の五分の一相当額金二、六六二万円であるということができる。(ちなみに、《証拠省略》を総合すると、大総は昭和五四年九月二九日被告との間で、本件売買を、大総が所有者広井相続人から買受けられないことを理由に解除したが、その際手附金返還金五〇〇万円のほかに、履行利益の一部にあたる違約損害金として金五〇〇万円の支払を約定し、大総がそのころ被告に対し、右合計金一、〇〇〇万円を支払っていることが認められ、被告としても本件売買により相当多額の履行利益を予定していたことが推認できる。)

(二)  報酬約定についてみると、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 大総と被告間の売買が成立する以前の昭和五四年八月一日に、原告と被告との間で、本件売買の仲介報酬料につき「売買総金額の三%」としたが、この報酬額は、大総が所有者広井相続人から本件土地を買受け、被告にその所有権を移転する行為を完全に履行した場合の額である旨約定した。その趣旨を表わすために、支払約定書に、「残金支払時、所有権移転同時、手数料支払ます。」との文言を記載した。

(2) 本件売買が解除された場合にも被告としては相応の仲介報酬を支払う旨約定したが、その率、額についての定めはなかった。また、本件売買解除後に被告は原告に対する報酬額支払の協議をしたが、その協議が整わないため現在までその支払をしていない。

以上のとおり認められ、右認定を左右する証拠はない。

右事実によると、本件売買の仲介手数料を、売買代金額の三%と定めたのは、大総が所有者広井相続人から本件土地を実際に買受けられたことを前提とし、その場合の報酬額を約定したものであるが、本件売買は通常と異なり他人の物の売買であることを当初から予定していたものであって、大総が広井相続人から買受けることについては、何ら原告の仲介と関係がなく、報酬の対象とならないことは前記説示のとおりであるから、本件売買の本来予定されるべき前記説示の報酬額の算定根拠としては、その特約の意味を有するものではない。本件で問題となる報酬特約としては、本件売買を解除した場合の特約があれば、前記説示のとおり、その解除の有無にかかわらず、その根拠の特約となりうると解されるが、この点について特約が存在しなかったことは前記認定(2)のとおりである。したがって、本件においては、報酬の特約が存在しない場合であり、原告の本件売買の仲介が商行為であるからその報酬請求権が失われないけれども、その報酬額は一般事例にならって相当とする額ということになる。そこで、前記各事実、説示に従い総合考慮すると、本件報酬額は、前記の本件売買の履行利益額金二、六六二万円に、前記認定にも表われ、また、建設大臣の告示にも決められた三%を乗じた金七九万八、六〇〇円をもって相当とする。

(三)  右報酬請求権及び報酬額は、本件売買の成立と同時に発生したものであり、その後に本件売買が大総の債務不履行(所有者広井相続人から買受けられなかったこと)により解除されたことによっても、何らの影響がないこと前記説示のとおりである。

五  以上のとおりであるから、被告は原告に対し、本件売買による仲介報酬として金七九万八、六〇〇円及びこれに対する履行遅滞後の昭和五四年一〇月四日(前記支払延期約定を考慮しても、本件売買が解除された同年九月二九日の翌日には履行遅滞となったものである)から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。原告本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の部分は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高木積夫)

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